藤野地域だからできる農業とは?
お茶や野菜の有機栽培と販売、会員制貸し農園や農園のクラブハウスも兼ねた古民家「無形の家」の運営、農園レストラン「百笑の台所」、バーベキュー場やテニスコートのレンタルなど、藤野地域で、農業を中心に多角的な事業を展開している「農業生産法人藤野倶楽部」。
代表の桑原敏勝さんは、1986年ごろから仲の良かった在住芸術家を通じて藤野に足を運ぶようになりました。そして藤野は“高度経済成長に限界を感じて、次のシステムを望んでいる人が集まっている”と感じた桑原さんは、残りの人生を費やして、ご自身がやりたいと思ったことをこの地でやっていこうと決めました。「農業をやろうと思ったのは、初めは漠然とした都会もんの憧れだったかもしれません」と桑原さん。
桑原さんは、藤野だからこそできる農業とは何かを考えました。自然は思いどおりにはなりません。その土地土地によって、土も水も風も光も違います。だとすれば、ひとつの農業の手法だけがどこでも通用するとは限りません。
「藤野は中山間地で平地が少なく、農業効率があまり良くない地域です。その中で農業に取り組む意味を考えたとき、それはおそらく都市近郊というアクセスの良さを利用して、都会の人たちに農業を理解してもらうことなんじゃないかと思いました。本来日本は自然が多くて豊かなはずだし、国全体が意識を高めていけば、自給率は上がっていくはずです。そういう意味でも都会の人や子どもたちにもっと関心をもってほしいし、それは自分たちのビジネススタンスになりうるんじゃないかと思ったんです」
農の六次産業化で、都市と地方を繋ぐ
そこで考えたのが、体験型農業と農の六次産業化です。地元で40年間農業に携わる方に協力を仰ぎ、貸し農園と、お茶や野菜の有機栽培をスタートさせました。同時に、その野菜を使って本格的な韓国料理が楽しめる「百笑の台所」をオープン。週末だけの開店ですが、そのおいしさと広々としたおしゃれな空間、窓から見渡せる絶景が話題となり、都市部からの観光客を中心に、大変な賑わいを見せています。
貸し農園は、スタッフの栽培指導が受けられたり、忙しくてこられない時には代わりに手入れをしておくなど万全のサポート体制を整えました。また、餅つきや芋煮会など、月に1回程度イベントを企画し、会員の交流機会を設けているのも大きな特徴です。もともとは貸し農園のクラブハウスとして使う予定だった無形の家は、地域内外の方がミーティングや合宿、映画の撮影などでも利用するようになりました。
応援したい気もちから広がるビジネスへ
「ビジネスは、初めはクライアントなり消費者なりが、自分に利益があると思うところからおつきあいが始まります。でも、その企業の姿勢やコンセプトを知って、自分が消費すること、参加することで応援したいと思うことってありますよね。たとえば、藤野倶楽部が本当に農業を頑張っていると思えば、またレストランに食べに行ってやろうかという気もちになる。そういう心の通うビジネスにますます共感が得られる時代になりつつあると思うんです」
藤野倶楽部の運営には、地元の職人やアーティストなどたくさんの人が協力しています。アルバイトも含めると、10名近い雇用も生み出しました。レストランはリピーターが多く、貸し農園には、東京都心部や横浜からかよっている人もたくさんいます。藤野倶楽部の取り組みには、便利さや効率を求めるだけではわからない、顔の見える関係性から生まれる安心感と信頼、居心地の良さがあるのです。
表現したいことがあるから、やる
藤野倶楽部は藤野里山交流協議会の施策で、昨年から百姓の台所に隣接した場所に、農産物の直売所やカフェ、ギャラリーなどを併設した新たなコミュニティスペースをオープンしています。
「なぜそこまで頑張るの? ってよく聞かれます(笑)。お金を儲けたいだけだったらこんなことはしませんよ。表現したいことがあるからやるんです。藤野は芸術家が多くてアートが盛んだけれど、最終的には、アートもコミュニティも農業も、みんな繋がっているわけだから、僕もその中で表現していきたいっていうことかな」
藤野倶楽部が目指すのは“これからの生き方を表現した農業”と言えるのかもしれません。都心に近い中山間地だからこその新しい農業の在り方が、今、藤野倶楽部によって、少しずつ形になりつつあります。