ご縁が繋がって、藤野で就農
藤野でも少なくなっている農家のひとつ「みやもと農園」の宮本雅久さん。農業大学を卒業し、その後は自治体の農業専門職として働いていた宮本さんは、約16年前、有機農業をやりたいと、脱サラして横浜から移住してきました。
宮本さんが藤野を知ったのは偶然でした。お子さんの通う保育園の保護者の中にたまたま藤野出身の方がいて、農業をやりたいなら1度遊びにきてみればと誘われたのです。
里山は平らな土地が少なく、まとまった畑をつくることが難しいため、専業で農業をやるには向きません。それでも藤野で就農したのは、初めて行ったときの印象が良かったこと、そして、町役場に相談に行ったときにトントン拍子に畑が紹介してもらえたためでした。宮本さんは流れのままに、ほかの土地を探すことは考えなくなりました。
「里山で農業をやるとどうしても畑が分散してしまいますが、それを逆手にとって、それぞれの畑に合った作物を作れば、いいものができます。それと気温差が大きいので、特に夏場は味がいいのではないかと思います」
農家に研修に行ったり、学校で勉強することもなく、まったくの独学で始めた畑は、最初は“家庭菜園の延長程度”だったと言います。1反から始めた畑は、4年目に広い畑を譲り受けたことで、5ヶ所、7反まで広がりました。畑の土がよくなり、自分のやり方に合うようになってきたと感じられたのは、じつはつい最近のことです。
収穫物以外はすべて畑に戻すのが基本
ひとくちに有機農業といっても、いろいろな手法があります。宮本農園では、緑肥(畑に生やした牧草や植物、雑草などをそのまま鋤きこんで肥料にすること)を使い、農薬や化学肥料はもちろん、堆肥なども使用しないのが特徴です。
「その畑のものは、収穫物以外はすべて畑に戻すのが基本です。なるべく余計なものは入れないようにしています」
栽培品目は、年間でだいたい40〜50種類。そのおいしさが口コミで広がって、地元の一般家庭、約30軒へ野菜セットの配達をしているほか、イベントや近隣のレストランでの直売が主な販売ルートです。収入的にはもう少し頑張りたいところだそうですが、全部ひとりでやっているので、丁寧に仕事をしようと思ったらそのぐらいが限界だそうです。
道具やスペースを共有する“地域自給”の可能性
そんな中、宮本さんは最近、地域に住む農に関心のある人たちとの繋がりができ、一緒に雑穀を育てたり、共同で機械を購入して使用しています。みなさん農家ではありませんが、農に対して意欲のある面白い人たちばかりです。
「今は、有機農産物を売る、自分たちの直売所をつくりたいです。農家だけじゃなくて、家庭菜園をやっている人が食べきれない分を持ち込んで売ってもいいし、物々交換してもらってもいいと思います」
農業を始めるときに、野菜や穀物を自給自足することは大前提として決めていたという宮本さん。“地域自給”まで範囲を広げると、農の未来はさらに広がりを見せました。
「何をつくるにも、多少は道具がないとできません。たとえば昔は共同の粉引き所があったり、精米所がありましたが、今はそういうものがどんどんなくなってきています。直売所もそうですし、自給していくための道具をみんなが共同利用できるスペースがつくれれば、僕も助かるし、面白いことになるかなと思っています。藤野自体が、そうやって楽しい農業環境になってくるといいですね」
道具や労力、スペースを地域でシェアすることで、自給の幅はますます広がり、収入を得る機会にも繋がります。専業農家だからといってビジネスにこだわりすぎないのは、宮本さんの、フラットなお人柄ゆえかもしれません。
食物は、生きていくうえでどうやっても欠かすことのできないものです。そんな“必需品”を地域コミュニティで創意工夫し、協力しながらつくっていく楽しさと可能性。小さなコミュニティが育む農業の実践は、宮本さんの農ライフを、ますます豊かなものにしていっています。